moyatsuki’s blog

日記を書きます

220126 スーズ・トニック

あれ、さっき食べたはずの晩御飯が思い出せない。あ、名もなき料理過ぎたな。ベーコンのパックを開けて、包丁を使わず空中でキッチンバサミでぱちぱちする。フライパンの上で切って、そのまま落とす。ベーコンを切る前にレンジに入れておいたご飯が解凍された。そのままフライパンへ入れる。冷蔵庫にあったさいの目に切ってあった半分のアボカドをスプーンですくうようにフライパンへ落とす。割り干し大根の漬物の漬け汁を回し入れ味付けする。漬物の汁で味付けする自分、料理上手だし、SDGsだね~と思ったり、思わなかったりする。名もなき炒め飯の出来上がり。作り置きのクリームシチューも温める。一昨日は温める時間が短くて、ジャガイモやニンジンの中まで温まらなかったから、弱火~中火でじっくりと温めた。

飲み物はSuzeのソーダ割。ほんとはトニックで割りたいんだけど、あいにく飲み干してしまったので、ソーダにちょろっとレモンを入れてごまかそうとするが全然違った。自分の中ではトニックのことをグレープフルーツソーダだと思っている節がある。だからと言って、レモンでは苦みが足りない訳だが。

何年か前にSuzeを初めて飲んだ。それからなんだか好きだけど、それは味が好きなのか、好きなお店で飲んだからなのかよくわからない。そういうことが俺には多い。ただ単に好き、そんな単純なことがとても多い。好きな人が好きだから好き。好かれているから好き。好きそうだから好き。好きだとカッコ良さそうだから好き。エスから沸き起こる衝動的なものである好きが、自我や超自我のフィルターを通り抜けて、確証が持てなくなる。俺は無意識的に、誉め言葉として"良い"という言葉を使うことが多い。無意識のうちに、何かの価値基準に当てはめて判定しているんだろう。

本棚を見てみる。好きな本とそうではない本が混ざっている。好きではない本を断捨離しても良いのではないか。そういう気持ちが芽生えている。そうすることで、この頭の周りのモヤモヤも捨てられたら良いのに。

十分前には何も思い出せないと思っていたが、辿っていくとこれだけのことが思い出せる。今日もまぁ過ごしたなという気持ちになった。